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東京地方裁判所 平成7年(ワ)23369号 判決 1998年3月16日

原告

甲野花子

被告

高橋せい

右訴訟代理人弁護士

清水徹

新井賢治

高野毅

杉本直樹

主文

一  被告は原告に対し、金六九八万円及びこれに対する平成五年八月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金九四〇万円及びこれに対する平成五年八月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、弁護士である原告が被告に対し、勝訴判決を得たことによる報酬金及びこれに対する右勝訴判決送達の翌日以降の民法所定の遅延損害金の支払いを求めている事案である。

二  基礎事実(当事者間に争いがない。)

1  原告は、東京弁護士会所属の弁護士であり、「甲野花子」として登録されている者であり、被告は、亡高橋定行(以下「定行」という。)の妻である。

2(一)  昭和六三年三月ころ、原告は、定行から調停事件(以下「本件調停事件」という。)の委任を受け、着手金三〇万円を受領した。本件調停事件は、定行の異母妹訴外高橋ルイ子(以下「ルイ子」という。)から定行に対し、ルイ子が占有する定行名義の土地の所有権移転登記手続を求めるというものであった。

(二)  本件調停事件は不調に終わり、原告は報酬を貰わなかった。

3(一)  平成元年五月六日、ルイ子は弟の訴外高橋國男(以下「國男」という。)とともに定行に対し、訴訟を提起した(浦和地方裁判所平成元年(ワ)第四七一号。以下「本件訴訟事件」という。)。本件訴訟事件は、別紙物件目録一ないし五記載の土地(以下それぞれを「本件土地一ないし五」といい、総称して「本件土地」という。)について、定行が分家する際、父幸吉(以下「幸吉」という。)から二〇〇万円相当の土地建物の譲渡を受け、その代わりに定行が亡母から相続した本件土地を幸吉に譲渡し、幸吉の相続分について放棄するとの合意をし、さらにルイ子及び國男は幸吉から本件土地所有権を相続により取得したものである。しからずとするも、二〇年の取得時効が成立したものであるから、本件土地の所有権移転登記手続を求めるというのであった。

(二)  平成元年六月ころ、原告は、定行から本件訴訟事件の委任を受け、着手金として六〇万円、費用として一〇万円を受け取った。

(三)  平成三年定行が死亡し、被告が遺言により本件土地の権利すべてを相続し、本件訴訟事件を承継した。被告は原告に本件訴訟事件を続けるよう依頼した。

(四)  平成五年八月二日、本件訴訟事件につき、被告を全面勝訴とする判決が言い渡され、同月八日原告事務所に送達された。

(五)  ルイ子及び國男は右判決に対し東京高等裁判所に控訴を提起したが、控訴棄却となり判決は確定した。

(六)  被告は、右控訴審については原告に訴訟を委任しなかった。

(七)  被告は、本件訴訟事件に関連して原告に対し二万円を送金した。

三  争点

本件訴訟事件における相当報酬額はいくらか。

(原告の主張)

1 原告は、本件訴訟事件では労を尽くした。被告には、定行が幸吉の財産を事前に放棄した証書という不利な証拠があったうえ、「被告」らの記憶が曖昧で、その裏付けをとるため丸二日も法務局で登記簿を閲覧調査したり、何回も「被告」に会ったりと原告は労を惜しまなかった。特に途中で被告が脳血栓で身体や言語が不自由になったときは、被告の住居近くへ出向いて打ち合わせを何遍もしたり、定行が入院中は見舞いに行って証拠を作成したり、と常に被告らの健康を気遣った。また、被告夫婦は二人だけで子がいなかったので、被告の財産や訴訟のことなど万一のことを考え、公正証書遺言を作成して被告の権利の確保に務めた。

2 本件訴訟事件の経済的利益の総額は四億五〇〇〇万円であり、日本弁護士連合会の報酬基準によると、民事訴訟の全部勝訴であるから、その報酬金は一〇七四万一五〇〇円から一九九四万八五〇〇円の範囲であり、標準額は一五三四万五〇〇〇円である。原告としては、通常の事件に比べ時間もかかり、労力もかかり、理論も万全を期したが、被告の支払能力を考え、報酬の最低額を求めることとし、受領済みの二万円を控除して最低でも一〇七二万円となるところ、さらに減額して九四〇万円を求めるものである。

3 本件訴訟事件は、所有権移転登記手続請求であり、対象物の時価が経済的利益になるものである。被告は、ルイ子らの使用貸借を主張するが、使用貸借は訴訟の対象ではなく、被告は使用貸借を認めていなかった。

(被告の主張)

本件訴訟事件の弁護士報酬を定めるに当たって本件土地の更地としての評価を基にすることは、被告の受けた経済的利益を不当に高く評価するものであり、相当減額がされない限り実質的、公平な判断といえない。すなわち、①本件土地一、三には、ルイ子が相続した共同住宅が存在し、被告は右土地をルイ子に使用貸し(この点はルイ子に対する別訴で争点となっている。)、右共同住宅の一部にはいまだ住人がおり、処分自体困難であり、処分するとしても処分価格は僅少である。②本件土地二は、私道であり行止まりとなっていて、付近住民が公道に出るため平常利用しているので、処分は事実上不可能である。③本件土地四は、ルイ子が屋敷畑として野菜の栽培に利用しており、いわゆる馬入道と呼ばれる幅一メートルほどの道に接するに過ぎず、この土地自体、母屋を相続したルイ子の土地と接しており、売るに売れない土地であり、処分しても、処分価格は僅少である。④本件土地五は、國男が自宅敷地として利用しており、しかも同人が表具店を営んでいる。この土地については、現在共有物分割の調停が不調となり、調停外で和解交渉中であるが、使用貸借(この点も争点になっている。)であったとして國男の自宅(上物)が存在する以上、処分は実際には不可能といえ、仮にそのまま持分で処分するとした場合、処分価格は僅少である。

第三  当裁判所の判断

一  争点について

1  本件訴訟事件の弁護士報酬については格別の合意がなかったので、相当額の報酬を支払う旨の合意があったものと認めるのが相当であり、右相当額は、本件訴訟事件により被告が受けた経済的利益を中心にして、本件訴訟事件の難易、原告が事務処理に要した時間、費用、労力等をも勘案して定めるべきである。

2  鑑定人菊地一雄の鑑定の結果によれば、本件訴訟事件の第一審判決が送達された平成五年八月八日現在の本件土地の更地価格は、本土地一、三、五が一平方メートル当たり二九万八〇〇〇円、合計一億八六〇〇万円、本件土地二が一平方メートル当たり三万五〇〇〇円で五八一万円、本件土地四が一平方メートル一四万円で六一〇〇万円で、総合計二億五二八一万円であることが認められる。

被告は、本件土地二は私道であり処分が事実上不可能である、本件土地四はルイ子が屋敷畑として利用していて幅一メートルの馬入道に接しているに過ぎないので処分できず、処分できても価格は僅少であると主張するが、右鑑定は、本件土地二が私道として利用されていること及び本件四が畑として利用され、馬入道に接しているに過ぎないこと等その利用状態、接道状況を把握し、これを所与として標準価格に大幅な個別性修正(減価)をして前記価格を求めていることが認められるから、前記鑑定評価額は正当というべきである。

3  本件訴訟事件は、ルイ子らが本件土地の所有権移転登記手続を求めたものであるので、前記更地価格を前提として弁護士報酬規定(甲第六号証)により計算すると、その標準報酬額は九四二万九三〇〇円となる。

しかしながら、甲第三号証、乙第一号証及び本件鑑定の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件土地一、三には、ルイ子が幸吉から相続した共同住宅が存在し、ルイ子は右土地を使用貸借していると主張し、本件訴訟事件後被告からルイ子を相手にして提起した別訴でその旨争っており(なお、右別訴は、結局使用貸借が認められず、被告勝訴の判決が確定している。)、右共同住宅の一部にはいまだ住人がいること、本件土地五は、國男が自宅敷地として利用しており、しかも同人が表具店を営んでいて、本件訴訟事件後に提起した共有物分割の調停は不調となり、調停外で和解交渉中であるが、國男は使用貸借を主張し、これを被告が否認しているものであること、このように本件訴訟事件は被告の全面勝訴ではあったが、これのみではいまだ被告において現実に本件土地を利用し得る状態には至っていなかったことが認められる。

一方、甲第二、第三号証及び弁論の全趣旨によれば、本件訴訟事件においては、定行が幸吉の財産を事前に放棄した証書という不利な重要証拠があったこと、原告は、丸二日も法務局で登記簿を閲覧調査したり、何回も被告や定行に会って事実調査をしたこと、本件訴訟事件の途中で被告が脳血栓で身体や言語が不自由になったときは、原告は被告の住居近くへ出向いて打ち合わせを何遍もしたり、定行が入院中は見舞いに行って証拠を作成したりし、また、定行夫婦は二人だけで子がいなかったので、公正証書遺言を作成して被告の権利の確保に努めたこと、そのため、被告は本件土地を単独で相続し、本件訴訟事件を承継することができたこと、本件訴訟事件は、終結まで三年以上かかったことがそれぞれ認められる。

右認定の事実、特に被告が本件訴訟事件において得た実質的経済的利益、本件訴訟事件の難易、係属年数、原告が本件訴訟事件のために費やした時間、労力及び原告が本件訴訟事件の着手金として得た額等の事実を総合考慮すると、原告が本件訴訟事件において得べき報酬は、前記のとおり算定された標準報酬九四二万九三〇〇円の約七五パーセントに相当する七〇〇万円と認めるのが相当である。

そして、被告が原告に対し送金した二万円について、原告は本件訴訟事件の報酬として充当する旨主張しているので、原告が本件で請求し得る報酬は六九八万円となる。

二  結論

以上によると、原告の本訴請求は、右六九八万円及び本件訴訟事件の第一審判決が原告に送達された日の翌日である平成五年八月九日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容することとし、その余は失当であるから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官滿田明彦)

別紙<省略>

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